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桜散る中 第五章

視界が桃色になるような桜吹雪が終わって一か月が経ち、木々は葉桜に日の光を映しながら緑の匂いを香らせていた。
あの日以来、啓子は本当に変わった。高校時代までの彼女の人となりを知っているわけではないので、はっきりとは言えないが、初めて会った時のあの卑屈さはなくなり、とにかく明るくなった。時々、人との付き合いを限りなく軽くし、明るく振る舞うことで自分を守ろうとしている人がいるが、そんな感じは微塵もなく、とても気持ちのいい明るさだった。おそらく、これが彼女の地の性格だったのだろう。当然、そんな啓子には多くの友人ができ、楽しいキャンパスライフを送っているようだった。
一方、私はというと。初めの一週間ほどは何人かと会話をすることもあったが、端から人と馴れあうつもりのなかった私を同期の人々はいくらか仲良くしようと試みていたが、やはり、おもしろげのない女を無理に誘うよりも気の合う者同士でつるむ方が楽で楽しいと判断し、皆離れていき、結局ここでも私は一人になった……だろうと予想していたのに、今、私には(同性の)友人と呼べる人が数人いる。これは、啓子によるものだ。私と啓子はお互い、最初に知り合った者同士だったので、よく一緒にいた。不思議と啓子と一緒にいることは苦にならなかった。明るくて人懐こく見えるのだが、変にべったりとしたところもなく、こちらの心と絶妙な距離感を持ち、それを相手に感じさせなかったので、とても楽な気持で付き合うことができた。そして、啓子は私と周りの人たちとの鎹の役割まで果たした。いつもなら離れていくような人たちとの距離を啓子が中継地点となり、私は初めてこんなに多くの一般にいうところの友人を持つことになった。以前、啓子は「ドライでかっこいい女になる」と言っていたが、ドライかどうかは別として、私にはとてもかっこよくうつった。
今日は、補講で帰る時間が遅くなり、啓子と私とあと一人の三人で帰り道にある、居酒屋風の蕎麦屋に夕食に行った。退社時刻と重なっているためかテーブル席はサラリーマンやOLで埋まっていたのでカウンター席に着いた。この三人では帰り道が同じなためよく食事に行くのだが、正直なところ、私はこの子が苦手だった。べたべたした甘え口調の上に、いつも男の子の話ばかりで、そのくせ、本人の艶っぽい話はとんと聞いたことがない。どうせ処女だろう。毎回白馬の王子様を夢見る女の恋語りを聞かされたのではいささかうんざりしてくる。蕎麦を食べ終わると案の定、その子は大学でかっこいい男の子を見つけたなどと言ってはしゃぎ始めた。その子の話し相手は啓子にまかせ、私は黙ってジン・トニックを飲んでいた。
「ねえねえ、あけみちゃんは彼氏とかいないの?あけみちゃんかわいいからかっこいい人と付き合ってるんじゃない?」
急に話を振られたので、少しびっくりして咄嗟に彼女の向こうの席を見ると、生憎啓子はお手洗いに行ったようで席を外していた。その子の顔を見ると「早く答えろ」と言わんばかりの興味津々の表情を浮かべていた。しかたない、私は軽く笑顔を作り、答えた。
「いないわよ。それに19、20の男なんて一発やることしか考えてないし、そのくせ下手くそだから興味ないわ」
できる限り軽く言ったつもりだが、目の前の顔からは笑顔が消え真っ赤になり、うつむいてしまった。
「あたしが処女で彼氏もいないからってって馬鹿にしてるの?」さっきとは正反対の低い声で彼女は言った。
「ううん、そんなつもりで言ったんじゃない。それにあたしだって彼氏なんていないって言ったじゃない」
私はフォローしようとしたが、とうとうその子は泣き始めてしまった。私が慌てふためいているところに啓子が戻ってきた。
「どうしたの?」と私とその子を見比べながら聞いたので、私が答えようとすると、
「そのお姉ちゃん、自分だけ処女だからってショック受けっちまったんだよ」と、蕎麦屋の親父が愉快そうに言ってきた。その子はさらに泣きじゃくり、私は親父を睨みつけた。啓子は軽くため息をつくと、椅子に座り、その子の肩に手をかけつつ言った。
「そんなこと気にしなくてもいいのよ。それにあんたはかわいいんだから焦らなくても大丈夫よ。ね、おじさん、このことってもかわいいわよね?」
「ああ、うちの息子の嫁にほしいくらい別嬪だよ。まだ高校生だがね」
「ほら、それにまだ19でしょ、まだだからって全然恥ずかしがることないのよ。これから本当に大好きな人を見つければいいだけなんだから」と、とても軽快なテンポで言った。その子は「うん」と言ってrやっと泣き止んだ。
「それにあけみも、この子女子校だったんだからあんまり刺激的なことは言わないの」と言ったので、私はしおらしく頷いた。
「辛気臭いのはこれでおわり!飲んで忘れましょ。今日はあたしがおごるわ。おじさん、熱燗三つ追加ね!」
「はいよ!」

私は呆気にとられていた。一か月で人はここまで変わるのか。それに、一瞬にして人の心をつかみ取る話術にも脱帽した。この場は助かったと思うと同時に、少し啓子を見習おうと思った。もっと自分の世界を広げるためにも。

9月17日 更新

啓子たちと別れ、アパートに帰ってくると、私は水を一杯飲んだ後、化粧も落とさずにそのままの格好でベッドに転がった。
「劣等感か…」
誰にともなくそう呟くと、さっきの子の顔が鮮明に浮かんだ。彼女は一見すると、白馬の王子様を夢見る恋に恋をしているような少女だ。しかし、その無垢な笑顔の裏には男との付き合いがなかったことへの劣等感がひしめいていた。そして、その劣等感が妬みや卑屈といった醜い感情となって私に伝わってきていたのだ。私はとにかくそういった負の感情を見るのがいやだった。それが自分にだけ向けられる類のものであれば軽く受け流せばいい。しかし、彼女のように明るくふるまっている姿の裏に誰に向けられるものでもなく存在しているものは、人の心の闇を途方もなく大きなものにしている。私の発言は他の人には冗談の類として流されていたことだろう。しかし、彼女にとってはうちに秘めた劣等感を著しくかき乱すものだったのだ。啓子の仲介によってあの場は何とか収まったが、もうあの子は私のことを嫌いになっただろう。別にそれ自体は気にしていない。ただ、喉に小骨が刺さったような違和感を感じていた。
「もう、過ぎてしまったことは仕方ない」
また一言呟き、もう一杯水を飲もうと立ち上がると、鞄の中の携帯電話が鳴り始めた。画面を見ると、さっきの子からだった。文句の続きでも言われるのか、絶交宣言でもされるのか、いろいろなことが頭に浮かび、面倒くさくて無視しようとも思ったが、それはあまりにもひどいと思い、通話ボタンを押した。
「あけみちゃん…」
電話の向こうの彼女の声には元気はなかったものの怒りの感情も交じっているようにも聞こえなかった。もっと面倒なことになるかもと思いながら、黙って彼女が話し始めるのを待っていると意外にも聞こえたのは謝罪の言葉だった。
「さっきはごめんなさい。いきなり泣いたり、恥ずかしいこと言っちゃって。あたし、お酒が入ると泣き上戸になるみたいで…。怒ってるよね?」
「ううん、全然気にしてない」
「でも、こんな酒癖の悪い女なんて嫌になるでしょ?」
「あなたは酒癖も悪くないし、嫌いにもなってない。それに、私のほうが先に怒られるようなこと言ったんだから」
「じゃあ、ホントに怒ってない?」
「うん」
「良かった!あたし、あけみちゃんに嫌われたんじゃないかってすっごく心配だったの。啓子ちゃんは大丈夫って言ってたんだけど、やっぱり心配で。でも怒ってないから安心した。これからも仲良くしようね!おやすみなさい」
彼女の声が急に明るくなったと思ったら、一方的にまくし立てて電話を切ってしまった。私は電話をベッドに放り、流しで水を一口に飲み干すと、大きくため息をついた。結局、あの子は人に(私に、ではなく)嫌われるのが怖いだけなんだ。それもそうか。みんな人に好かれることより、嫌われないようにすることにの方に気を使うことの方が多いもんな。なんてことない。私が難しく考えすぎなのだ。
「私は難しく考えすぎなんだな」
そう口に出して言うと、私は一人、自嘲気味に微笑んだ。
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COMMENTS

No title

啓子さん、本当に変わりましたね。
あけみさんも彼女のように変わっていくのでしょうか?

>>要人さん
啓子とは違う路線で変わっていく予定です(・ω・)

この雰囲気が大好きでーーーーす。
毎日、最新話を楽しみにしています。

>>SE・志望さん
ありがとうございます!できるだけ早く更新していけるようにがんばります。

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